こんにちは!UjiYogaHouseの人、Sachikoです。
会ったことがない人を探すとき、写真があれば写真を。写真がなければ、背恰好や特徴を聞いたり、イメージや似ている人に例えるかもしれません。
「本当の私はこんなんじゃない!本当の私はもっと別のところにいる!!さぁ、真の私を探すのよっ!レリゴー♪レリゴーーーー♪♪」←なぜかアナ雪のイメージ
そんなこんなで、自分探しの旅にでかけたとしましょう。
旅って言っても、本当の旅ではなくてニュアンス的な旅の場合もあります。
さて、冒頭の言葉。会ったことがない人とか見たことがない人、想像もできない人を探すことができるのでしょうか?
本当の自分はどこにいるんでしょう?
「私は妻」「私はお母さん」「私は会社員」「私はヨガが好きな人」「私は泣き虫な人」「私はよく笑う」「私は…」「私は……」
私は何???
「私は○○」「I am ○○」
いつも忙しくて…余裕がない。本当の私はこんなんじゃないのよぉぉぉぉぉぉぉ(泣)
「憧れのあの人のような人が本当の私かしら?」「本当の私はこんな人なのかも?」
でも、それは自分じゃないよね。
いくら外の世界が彩鮮やかで、見やすくて、刺激に溢れていたとしても…外に答えはないんです。
内側にある答えを見つけるために、環境変えたり、会う人を変えたり、刺激を加えることはとても大切なことです。
でも、外に見つけようとしないこと
誰かを見て、自分だって思わないこと
それはもう、他の誰かなんだから
“I am”は結局“I am”でしかなくて…極論“I”もなくて、そこには“am = being”が在る。
「私が在る」のではなく「ただ在る」。I am that I am
自分は○○であるという執着を手放し、ただ在るってことを。そしてそれはいったい何なのか…それを知るのが自分探しなのかもな。
ただある。ただあるだけ。だから今やるべきことをやる。
人生でおこるすべての状況は自分が本当は何であるのかを知る、気づくきっかけである。
自分は始まりもなく終わりもない、周りの何からも影響をうけることのない存在(アートマン)であるという理解を深める。「私は○○」という執着を手放すためのレッスンである。
苦悩が起こるから勉強ができる。
こんなことが5年前のヨガの勉強ノートにかいてありました。
「自分って本当は何者なのか?」っていう苦悩は、いろんなことに気付く素晴らしいきっかけだな。
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