良く生き、良く死ぬ

先日ヨーガ療法士の西澤潤子先生とランチをしていて「良く死ぬ」という話になりました。

・西澤潤子先生のブログ『ヨガのある暮らし-Calm Onself Yoga-

高校の国語の先生が「人は何のために生きると思いますか?」という質問をされたときに、手を上げ(わざわざ!)伝えたかった私の答えが「死ぬためです」

「死ぬために生きる」なんて逆説的ですが、人は「死があるから一生懸命生きるのだと思う」というのが私のその時の答え。(先生の答えは違ったし、その当時も今も私の考えとは違います。)

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西澤先生にその話をしていると「そこに付け足すなら『良く死ぬ』ため」と仰っられて、目から鱗!常々「あーオモロかったなぁ」って言いながら死にたいと思っている私は「良く死ぬ」という言葉がしっくりきました。

「良く死ぬために、よく生きたい」

ここ数年、前日までは元気だったのに突然息を引き取ったという知らせを受けることが数回ありました。祖母のときは93歳でしたので、素晴らしい幕の引き方であり私の憧れとなりました。

過去に、前職の先輩が突然息を引き取ったと聞いたときには衝撃でした。トレーニングもして、健康で活き活きとしていたのに、突然死に見舞われるなんてことがあるのか!と。

大人になり「死」を身近に感じるようになってから、自分の身体が動いていることや意識せずとも心臓が拍動していることが不思議であり、とてもありがたく思えるようになりました。

ゼロだったところに、命が生まれて、またゼロになる。身体の機能が停止している状態と動いている私は何が違うのだろう。

難しいことはわからないけれど、とにかくありがたいんです。夜寝る前に夫に「明日もおはようって言おうね」と私が良く言うのはそういった理由です。寝ている間も心臓が問題なく動き、呼吸をし、また明日無事に目覚めることができますように。そう願っています。

今朝、また突然の訃報を受けて私の命だっていつまであるのかわからないと改めて実感。アーサナをしながら「良く死ぬためによく生きよう。よく生きるために不要なものは一枚ずつ脱いでいこう。」そう思いました。

Be good,Do good,Be kind,Be compassionate (Swami Sivananda)
良くあり、良き行いをし、親切で、慈悲深く

そして良く死のうと思います。

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人生に起こる出来事はいつも「突然」だった。昔も今も…。

もしも前もってわかっていたとしても、人は本当にそうなるまで、何も心の準備なんかできないのだ。結局は、初めての感情に触れてうろたえ、悲しむことしかできない。そして、そうなって初めて、自分が失ったものは何だったのかに気づくのだ。

でも、いったい、他のどんな生き方ができるのだろう?いつだって、本当にそうなるまでに、心の準備なんかできず、そして、あとは時間をかけて少しずつ、その悲しみに慣れていくしかない…。

だからこそ私は強く強く思う。

会いたいと思ったら、会わなければならない。好きな人がいたら、好きだと言わなければならない。花が咲いたら、祝おう。恋をしたら、溺れよう。嬉しかったら、分かち合おう。

幸せな時は、その幸せを抱きしめて、百パーセントかみしめる。それがたぶん、人間にできる、あらんかぎりのことなのだ。

だから大事な人に会えたら、共に食べ、共に生き、だんらんをかみしめる。

一期一会とは、そういうことなんだ……。

«日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ    森下典子»より

 

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