握っていたものを手放すかどうか悩んだときに思い出す2つの言葉

ずっと握っていたものを、手放すのはとても不安になるものです。それが大切なモノであればあるほど。

それを手放すべきなのか、はたまた握っているべきなのか…。そこに固執しているのは「執着」なのか、それともまだ「必要」なものなのか…。

迷ったときに私が思い出す言葉2つ

①執着することで自分が止まっているかどうか

志茂田景樹さんのツイッターでの言葉です。

【質問】
対象が価値を失っているかどうかの判断と執着心との関係はどのようなものなのでしょうか

【志茂田景樹さんのおこたえ】
それに執着することで自分が止まってしまっていればもう無価値と思ってよいのでは。潔く断ち切るべきときでしょう。

2012年の春にこの言葉を読んで以来、ことあるごとに思い出しています。

②行動が「愛」から生まれているのか「恐れ」から生まれているのか

自分の行動を見直すときに考えること。

会社員3年目の私の話。初めてのフィットネスチーフになった私はとにかく怒りたおしていました。「お客様のため。スタッフのため。クラブのため。」と思ってやっていましたが、今から考えるとこの行動は「恐れ」からきていました。自分の思いどおりにいかない⇒対処できるかどうかわからないという恐れあの当時のスタッフには私のイメージは「怖い」しかないと思われます。反省。

何かを手放して次に進むべきかどうかを考えるときに、握っているという行動が「愛」からなのか「恐れ」からなのかを考えます。金銭面だったり、評価だったり、地位だったり、人との繋がりだったり…そんなものを失う恐怖がそこには潜んでいたりします。

親が子供に対する助言や忠告は「愛」と「恐怖」がごちゃまぜになりやすいと思います。親が子供を愛するが故に、失いたくないという恐れからくる言葉。あまりにも近くに居て、ついつい自分と子どもを同一視してしまったり…。

「愛」がある(相手・自分・世界への)から握っているのか、それとも「恐れ」から手放せないのか。じっくり見つめてみると見えてきたりするもんです。

「そこに愛はあるのかい?」byひとつ屋根の下 

ってことです。

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