【本・旅】私が旅に出たくなる理由を「深夜特急」を読んで考えた

今更ながらという感じもしないではないですが、沢木耕太郎さんの『深夜特急』にはまり、ここ数日で一気に読みました

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きっかけはフィリピンで「カジノ」の行ったという話から、「深夜特急1-香港・マカオ-」にカジノでの勝ち方が書いてあると聞いたこと。なんて不純な…。旅への興味でもなんでもない。。。。

しかし、読み進めると自分が旅へ抱いている気持ちだけでなく、夫の発している言葉の意味にまで触れることができました。

■夫版・深夜特急

私が夫と出会ったのは33歳も終わりのころ。33歳で初めて一人で海外に行きはじめ、1ヵ月以上日本を離れ帰国した直後、そして翌日よりまたバリに行こうとしていた日のことでした。

数か月まえ夫はタイからミャンマーへ自転車で向かい国境を超えるという挑戦をし(情勢が不安定で達成ならず)、その後誰も自転車で通ったことがないだろうと言われた道を野生の動物や地雷に怯えながらカンボジアからタイまで行くという自転車旅から帰国したところでした。

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↑夫の旅の写真

なんて、はちゃめちゃな人!と思いながらも一人旅をはじめたばかりの私は羨望の眼差しで見ていました。

話を聞くと19歳からバックパッカーで、仕事をしてはお金を貯めて旅にでるという暮らし(夫、語弊があったらごめんよ!)。「旅はこれで終わりにする!!」と決めて向かったアラスカへの旅の話は、まだ見ぬ大自然への興味を抱かせてくれました。

まぁ…これで終わりと思っていた旅も諸事情で続いたわけですが、私との結婚を機にバックパッカーは休止中。(私は絶対にやめてほしくないと思っています)
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↑夫が自転車旅で訪れた場所を新婚旅行で訪れました。(夫の写真)

夫から聞く話は面白く、旅の話でなくとも発している言葉の根底には一人旅の中で自分と向き合ってきたことが脈々と流れていることがわかります。

そう、私の日常には常に「夫版、深夜特急」があったのです。

■旅での感覚を深夜特急が言葉にしてくれる

そんな日常の中で「深夜特急」を読むと、夫の話とリンクすることが多くなぜか感動して泣くことも。深夜特急って泣くような本じゃないですよね(笑)

異国はもちろんのこと、自国においてさえ、未知の土地というのは危険なものです。まったく予期しない落とし穴がそこここにあります。しかし、旅の危険を察知する能力も、旅をする中でしか身につかないものなのです。旅は、自分が人間としていかに小さいかを教えてくれる場であるとともに、大きくなるための力をつけてくれる場でもあるのです。つまり、旅はもうひとつの学校でもあるのです。

私が一人旅をしていてて感じることは「自分は無力である」ということ。日本では何不自由なくできることが、不自由になる。自分のできること、できないことがはっきりわかってくるのです。

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↑空港への道が完全に通行止めという予期せぬ事態!警官が英語を話せずピンチ。飛行機は半ば諦めた。(ラオスにて)

沢木耕太郎さんの言葉を少しかりていうならば 「わからないということがわかる」 ということなのかな。これは自分に対しても、その国に対しても。そして日本に対しても。

すこしずつ自分の身の丈がわかると、事柄に対しての距離のはかり方がわかってくる。私はまだ旅に対しては子どものようなものだから、いろんなモノに感動し不思議に思い…でも自分一人では対処できる範囲が限られているから少し距離を置く。そんな感じです。(旅における夫は老年期でしょう。旅を始めたころの興奮や感動はそうなかなか得られなくなっているんだとか。)

旅で自分が感じていたこと。言葉にできていなかったことを深夜特急は蘇らせてくれました。

■それでもやっぱり旅にでる

例え1週間の旅であっても直前に「行きたくないかも…」と落ち込むことがある超ビビリな私。

長い期間にわたって旅を計画していると、心中ひそかに、出発したくないという気持ちが起きてくるものである。私も、いよいよ出発の日が近づくと、暖かい寝床と居心地のよい家がしだいにありがたくなり、愛する妻がいいようもなく大事になってきた。こういうものを捨てて恐ろしい未知のもの、心地よくないものを進んでとろうとは、きちがい沙汰に思われてくるのであった。でかけたくない。旅行を中止しなければならないような事態が起きて欲しい。しかし何事も起きなかった。

『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック

これは長い旅に出ようとするときに多くの人が味わう心境であるように思える。しかしひとたび出発してしまうとそれまでの逡巡はわすれてしまい、まっしぐらに旅の中に入っていくと沢木耕太郎さんは言います。

そうなんです。それでもやっぱり旅にでてしまうのは一種の病気ではなかろうかと。

私は日本を旅しても、海外であってもこれといった観光地にはあまり興味がなく、一人で何をするかというと美味しいものを探しあとはボーっとしています。

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↑ネパールにはヒマラヤ山脈を見ながらコーヒーを飲むために行った。

じゃあなぜ旅にでたくなるのか。

俺は自分の価値観がどんどん変わっていくのが楽しくて長年旅をしました。価値観を変えるような素敵な出来事があるといいね。今日からの大冒険。ワクワクする分不安になったりもするでしょうけれど、楽しんで色々な物事を吸収してきて。

結婚して、初めて一人旅に出た私に宛てた夫からの言葉。

旅に出て、身の丈を知り、当たり前と思っていたことや考え方が当たり前でないと知った時、私の中で多様性を受け入れる器がすこしずつ大きくなっていきました。それは「こうでなければいけない」という想いにとらわれがちが私が旅で育てているモノ。

私はビビリだけれど、価値観を広げることができる旅がすきです。

そして夫も一人で歩いたであろう道を、夫の影を追うように一人で旅をするのがすきです。同じ街並みを見、感じ、考える。そうすると少し追いつけたような気がするから。

大事なのは「行く」過程で、何を「感じ」られたかということであるはずだからです。目的地に着くことよりも、そこに吹いている風を、流れていく水を降り注いでいる光を、そして行き交う人をどう感受できたかということの方がはるかに大切なのです。

もしあなたが旅をしようかどうか迷っているとすれば、私はたぶんこう言うでしょう。
「恐れずに」
それと同時にこう付け加えるはずです。
「しかし、気を付けて」

東南アジアから帰ってくると、日本のトイレのレベルが高すぎて「ここで泊まれる」と思ってしまいます。←良い言葉で締めているのに最後のこの一文が余計!!!笑

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