【本】ヨガと冥想*内藤景代

この記事を書くのはじつは2回目。2時間半ほどかけて書いていた記事が全部消えてしまい、茫然自失。。。。そういえば大学の卒論を書いていたときに「パソコンは壊れるもの」って思って、バックアップとってたよなー…と思い出しました。念のためいうと1回目に書いた記事もこまめに保存してたんですよ!くそっ!!!

気持ちを切り替えて本の紹介。今日の本はオモシロイ!ニヤニヤしたり、驚いたりしながら読みました。ヨガの本は小難しいものもあるのですが、こちらは読みやすいです。でもちょいマニアック。

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ヨガと冥想 *内藤景代 

オモシロポイントその1 例えが愉快

プルシャ=純粋精神とプラクリティ=物質原理 をポタージュスープに例えて説明してます。わかりにくいことを愉快に伝える人好きです。

プルシャが縦方向の湯気でプラクリティが横方向のドロッとした固体に例えたうえで

冷えて固まったポタージュは、純粋精神(プルシャ)が物質原理(プラクリティ)の中に埋没している状態です。古典ヨガや、苦行(タパス)による熱力(タパス)によって、ポタージュを暖め、純粋精神という上へ向かう湯気と、ドロッとした肉体(プラクリティ)のポタージュに分離するのです。

(↑サンキャヨガの考え方)

ポタージュか…

ある対象と溶け合う感覚とは…

缶の中に閉じ込めておいた煙が、ふたを開けることで、部屋中に広がり、はじめは、煙の固まりだったのが、しだいに薄く、空中に溶け込んでいくようなイメージです。
つまり、合理先進の考える我である「私」が、だんだん心を開いていき、「わたし」からすき間だらけの「わ・た・し」になり、周囲と共鳴するこで「わ…た…し…」になる。

缶詰…

チャクラの覚醒方法について

まったく、男性原理的な発想で、まるでチャクラは強姦される処女のような話です。チャクラの機能がくるってしまう可能性のほうが多いのです。

田島陽子さん(女性学研究家)が聞いたら怒るよ。この覚醒方法。

とまぁ、いろいろと愉快。

オモシロポイントその2 六派の見解の違いを説明している

シャットダルシャナ(6つの見解/学問系統)はヴェーダを6つの倍率の違う望遠鏡・顕微鏡でみているようなものです。

同一の実在に対する、さまざまな立場、すなわち見解が、六派あり、どの学派もそれぞれのやり方で、解脱に達することを目標としています。

そうなんですよね。同じことを話していても、呼び名が違ったり、見解の違いがあるのです。でも目標としていることろは一緒。自分の学んでいる学派だけが唯一・絶対ではないんです。

現に「うちこの生ブログ」に参戦したときに、私が学んできたこととうちこさんの言ってることが微妙に違って、よくよく聞くとうちこさんは「サンキャ学派」。私が学んでいるのは「ヨガ学派」。だからなのかと納得しました。

この本のオモシロポイントはそんな学派の見解の違いを説明してくれているところ。

さきほどまで、お話ししてきたのは、バラモン正統六派のうちの、ウパニシャッドにもとづく「ヴェーダンタ学派」と結びついた、ヨガの話でした。
これから、お話しするのは、別の学派、サンキャ哲学派と結びついたヨガの話です。さきほどの「一元論」から「二元論」に、話は変わります。

と、こんな感じで説明してくれる。

オモシロポイントその3 仏教とヨガの関係。日本へ伝わった経路がわかる

日本人の感覚では、どうして、仏教とヨガが関係あるのか、よくわからないと思います。
というのは、日本の仏教は、14頁でお話ししたように、中国経由の漢訳経典を使っていますから、実は仏教がインド生まれで、ヨガの修行でシャカが悟りを開き、ブッダ(覚者=覚醒し、悟った人)になった、という事実が、忘れられがちなのです。
また、日本にきている仏教は、ほとんど、ブッダの死後、300年ぐらい経ってから、起こった、大衆部の大乗仏教なので、初期のブッダ自身の悟りを伝えている上座部の小乗仏教を、日本人はあまり知りません。

大衆部は出家しない人たちのための仏教であり、上座部は僧侶、出家を中心にした仏教で「原始仏教」ともいわれています。6世紀に韓国の百済から日本へ伝わったのも、大衆的な「救済」を中心にした大乗仏教だそうです。

ブッダは、現在の日本の仏教のような、死後の世界や、極楽浄土、地獄の裁きのことは、説法しませんでした。

ブッダの死後全インドに広まった仏教は、正統派の上座部と、改革派の大衆部の見解がちがい、二つに分裂しました。

紀元前100年頃には大乗仏教運動が起き『般若経』が作成され、以降は経典が次々につくられ大乗仏教が仏教の本流になってきました。
「大乗・非・仏説論」すなわち、大乗仏教は、開祖のブッダが説いた教えではないという富永仲基(江戸時代)の説は今では常識です。

これを読むまで、常識と言われることも知らなかった。私の知識は仏教にもいろんな宗派があるんだなぁってことくらいでした。

ヨガもこれと同じでいろんな宗派があります。UjiYogaHouseに来られる方にそんなお話をすると驚かれる方も。そうですよね。ヨガはヨガですよね。

今の日本に溢れるヨガは「ヨガ」が商品名となってしまっているものも。「なんでもヨガってつけりゃいいってもんじゃないんだよぉーーー!ごらぁぁぁぁ!」って思ったこともあったのですが、仏教が広まった流れや日本に広まった大乗仏教はブッダの説いた教えではないということを考えるとこれもまた普通なことかと。「ヨガ」という商品が今の日本には必要だったってこと。でも本来のヨガはどういうものなのかということを知らないよりも知っていて選べたらいいですよね。ある一部分だけを取り上げて、さも「ヨガ」のすべてであると広まるのは悲しいな。

話を戻して、インドで生まれた仏教がどのように日本に伝わり、仏教と個人・国家との関わりが縦軸で書かれていたり、東西の神秘主義の潮流の図があったりと時系列で確認できるようになっています。オモシロイ!

タントラ=密教となった仏教は日本へは中国経由で最澄と空海が伝えました。

タントラは、古代インドから伝わる目的達成、願望成就のための宗教儀礼と実践方法で、隠された力=プラーナ=気を駆使する呪術的な秘教です。

タントラは女性的で、感覚的、直観的、神秘的、呪術的、肉体的、現世利益的な生命力に満ちた世界。タントラはよこ糸=緯という意味で、スートラ=たて糸=経と二つで一つの織物をつくりだしているそうです。

二世紀ごろにバラモン系と仏教系のタントラがほぼ同時期に発生し、六~七世紀になると、全インドの宗教がタントラ化し、一つに融合していきました。
(中略)
タントラ化した仏教は、火神アグニの護摩法の呪術まで取り入れ、ヒンズー教とちがいがなくなり十一世紀にイスラム教徒に侵略されついにインドから消滅しました。
(中略)
かつてブッダ当の挑戦をうけた自他未分的な「一元論」の梵我一如は、仏教思想とヨガ行の瞑想の実践により、磨かれ、ちがいを認めたうえでの自他一如としての「絶対一元論」になったのです。

愛着のあるモノが誰がどうやって作ったモノなのか興味が出てくるのと同じように、ヨガやその考えが日本に入ってきた経緯を知りたくなるのは私にとっては自然なことです。知って、頭の中でいろんなものとごちゃまぜにして考えて楽しんでます。


と、少しマニアックな内容でがありますがヨガに興味がある方なら面白く読めるのではないでしょうか?ポーズだけでない世界観に触れてることのできる本です。

私はかなり好きです。この本。

 

 

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