結局みんな繋がっている

どうして他人の経験を自分が同じようにかんじるのかな?

 

 

痛ましい事件の話を聴いては、自分の身体の一部が同じように痛む気がしたり、幸せそうな人をみたら自分までHAPPYになる。

自分に起こっていないことも同じように感じるのはなんでなんだろう??

人間にはミラーニューロンという模倣細胞があって目にした行為をあたかも自身のものであるかのように「共鳴する」運動神経細胞があるそうです。ミラーニューロンの機能については多くの説があるそうですが、他人の行動を理解したり、模倣によって新たな技能を修得する際に重要であるいえるかもしれません。

科学的にはミラーニューロンがあるがゆえに他人の痛みを自分の痛みと感じたりするわけです。うん。

私が注目したいのは「共鳴」ってところ。全然「共鳴」しないときもありますよね。まったくの赤の他人よりも大切な人の方が「共鳴」しやすいし、自分の心身の状態にもよります。

なんで「共鳴」するようにできてるのかなぁ…なんて考えると、結局のところみーんな繋がってるんじゃないのかな。「自分」って思っている範囲が大切な人だと自分に近くて共鳴しやすい。親子の関係なんて特にそう。自分と子供がイコールで繋がっている、もしくは自分の一部だと共鳴しまくる。

 

もともとぜんぶ繋がっていたんだけど、バラバラになって…でもその繋がりが感じられるように「共鳴」できるんじゃないのかな。そんな繋がりが感じられなくなると痛ましい事件が起きたりするんじゃないのかな。「自分」って思っている範囲をグングン広げていけば全部自分で大切で…みんなひとつなんだけど、いろんな自分(いわゆる個人)をそれぞれ尊重しないとね。

そんなことをグルグル考える朝。